『楼蘭の黙示録』近日発売予定

胡楊の紅葉
本文から「問題は、湖の水位の低下と加速度的に進む湖水の塩化である。水が減るほどに塩分濃度は高くなった。
湖岸には東風が吹くと白い泡が押し寄せ、湖水に根を浸すようにして立ち並び、美しい景観を作っていた胡楊の森は、急速に立ち枯れを起こしていたのだ。
この木は、過酷な冬を越えるための貴重な燃料として、人々の生を繋ぐためには欠くことはできない。そればかりか、この国のあらゆる建築工事に使われるのである。
この胡楊の木は、楼蘭国の象徴そのものだ。はるか数千年前、長い旅の末にこの地に辿り着いた祖先が、水場を見つけては、胡楊の種子を蒔きながらこの地にやって来たという伝説がある。この季節になると木々は黄金色に紅葉し、その目映いほどの色が、湖に溶ける。澄み渡った空の青と目を奪うほどの神々しさを見せて燃え盛る。それはもう言葉にならない美しさである。
やがて来る怖しい冬の不安と憂鬱を和らげ人々の心を慰撫するためにそうした姿を見せるのだと誰もが信じていた。人々はその光景を見るのも大きな楽しみだった。
その景観も失せるか。
国王は丞相でもある呪術師ソモナを呼び、胡楊の伐採の管理を厳しくしたいのだと告げた。
「使う量と伐る量の調整をし、とにかく減らないようにするための計画を立てて厳罰をもって、これを守ってほしい」
と命じた。呪術師ソモナは言う。
「王よ。仰せはわかった。そもそもなんであれ、それは人であれ羊であれ、木であれ水であれ、増やしながら増えた分だけを使うのじゃ。難しいが、それが国の持続を決める王の務めじゃ。兵の用い方も同じじゃぞ」
「あい、わかっておる」
このままでは胡楊の成長する速度は、消費する速度にはるかに及ばない。枯死をした材は燃料にはなる。燃料にはなるがその消費はおそろしい。
その枯死の原因もまた湖の塩化だ。」