Organisation Voice 2003/11

Organisation VoiceはSSERメールマガジンにて先行配信中です。配信済みのOVはメルマガ
掲載時点の翌週に順次このHPに掲載していきます。メールマガジンページはこちら

2003/11/28 (金曜日) 

最近アメリカズカップネタから遠ざかっていた。というのもニッポンチャレンジが撤退したあと、なんかこうさみしいんである。これまでのようにNZや豪、それにアメリカばかりの活躍が際立っていて、でも2003は海洋国ではないスイスが勝って、初めて次回の開催地がヨーロッパに行くことに。

このレースは前回の優勝国に挑むチャレンジレースで、勝ってカップを持っていった国で開催されるのだが、スイスでは開催できないためにスペインのバレンシアで行われる。半年以上前から各チームのシンジケートが設置されて、スペイン当局は経済効果1650億円と発表されている。ニッポンチャレンジが参戦しているときは、ひょっとしたら、なんて甘い考えを抱き、おまけに土佐湾を立候補させよう!!なんて言っていたのも懐かしい。

いよいよ来年からWRCが日本でも開催される。ISDEなんかも無理なんだろうかねえ。文化と経済効果、この両輪を忘れてしまっててなんでもビジネスライクにやってて一次的な利益を追いかけてもねえ。


2003/11/26 (水曜日) 

忘年会のご案内
とき:12月13日(土)午後5時から
ところ:高知県高岡郡梼原町 太郎川 民宿「友禅」
会費: 3500円(宿泊費込み)
飲み物はご持参ください。

テーマ「自衛隊をイラクに派遣する件についてと、スーパーNで行われるラリークロスについての意見交換」お申し込みは、メールにて。定員に限りがあります。参加希望者が極めて多数の場合、そんなことないと思いますが、抽選させていただくことがあります(ホント?)

とOVの誌面をお借りしてSSERのささやかな忘年会のご案内を致しましたよん。これはどちらかというとオフィシャルスタッフ向けじゃないのか?という声もおありでしょうが「いえいえ、どなたでもご自由にご参加くださいな。」というものです。でも参加費が宿泊費よりも安いので、ちょうど梼原に行く用事が在ったのでSSERって何か知らないけど、この格安宿泊つき忘年会に参加しよう!という向きは、出来れば参加をご遠慮いただきたいと思いますよ。

で、冬の友禅の庭にある竪穴式住居または茅葺の茶室か、しし威しの音色のさわやかな座敷か、そのどこかで開催する予定です。あの、イラク云々はウソですから。どうぞふるってご参加ください。翌日は今年走ることの出来なかった梼原の林道をご堪能ください。オプションだけどね。

僕なんかひょっとしたら、2005パリダカマシン「パジェロエボリューションSSER Vr.」のシェイクダウン!をするかも。へっへーだ。温泉、プール、忘年会、シェイクダウンテスト!!!見逃せませんぞ。

*忘年会に関するお申し込み問い合わせはsupport@sser.org までお寄せ下さい。


2003/11/25 (火曜日) 

いよいよパリダカ組もフランスに向けて出発しました。チームスガワラは、ニューレンジャーに6X6をアシスタンスカミオンに仕立てて、さらに2台のアシスタンスカーを走らせるのです。アシスタンスも尾上さんや田中ユキさんに加えて、セローでエントリーされる4名の日本人!?など、それ以外にも多く、大盛況といった様子です。SSERも2004用に実はフランスで作られた、というかほぼワークス仕様のT1のパジェロエボリューション!!を用意していたのですが、わけ合って出場は見合わせました。後ろから行って池町選手や三橋選手の凛々しい姿を見たいものだと思ってたのですが。残念。でも戦闘機が手許にある余裕でしょうか、来年はガストンとチームを組んで走ろう!!と意気が挙がっています。

 もう1台パリダカ用に仕上がっている、ほぼピカピカのセミワークスマシンがあるのですが、どなたかお入用の方はありませんか。これは2001年用に某メーカーが、WRCのチャンピオンドライバーを走らせるために製作したマシンで、日の目を見ずにガレージの奥深く仕舞われていたビイークロス(あっ、言っちゃった。)これは正味のところすごいマシンです、3年間も全日本のドライバーがパリダカなどでテストして完成させてるマシンです。安全タンクもカーボン製なら、シートだってレカロのカーボン!ってそんなところがすごいと言ってるのではなくて、徹底的に作られたマシンだということが言いたかったわけです。パリダカに出場しなくても、コレクションに加えたい逸品です。もちろん今のことですからナンバーも取得できて国内も走れます。

高速化するたびに、レギュレーションの変更を余儀なくされたパリダカですが、今のところバイクの450cc規制などが2005からは有力なようです。それを超える排気量ではリストリクターを取り付けなければならないのなら、450ccで目いっぱいのマシンを作ろうという動きが主流になってきています。ヤマハ450WR-F-RALLYE!なんてのも発表!?されてるし、アプリリアからはV-TWINの水冷450ccエンジンが発表されてますね。重量も31,0kgだそうで、何にマウントしてくるのでしょうか。

遠くアフリカで繰り広げられてきたパリダカも、四半世紀のときを過ぎて、確実に変わり始めているように思います。それはレギュレーションがどうこうという事ではなくて、自動車産業やモータースポーツの未来が、緩やかな変化を求められていた時代から、そんなことではない劇的な変革を求められている時代へ、と。変わるものと変わらないもの、なんかこう不思議な時代に立たされている感じが強くします。新しい時代を開くものは、何なんでしょうかねえ。


2003/11/21 (金曜日) 

 

昨日NEXT GENERATIONに、一足早くスーパーNの情報をアップしましたので、チェックしてください。それとシリーズ戦の成績もアップしてます。

で、SSERでは、忘年会を計画中です。走行会もあるかのようなことを言ってました。夜はバンガローにも泊まって、この1年の憂さを吹き飛ばそうという試み、まもなくインフォメーションが発表される予定ですよ。さて、厳しい年の瀬がやってきました。パリダカに向けて旅立つ人、見送る人、それぞれに厳しい現実をかみ締めているのでしょうねえ。パリダカは、今年は少しNISSANに注目しましょう。公式HPはhttp://www.nissan-dakar.com/JP/index.html ニッサンが今のところ対ミツビシの急先鋒。特に注目はマクレーの参戦。どこまで戦闘力が高くなっているんでしょうか。とっても気になるところです。世界的な不安が広がっていますが、こうした世界的なスポーツイベントなどは、安全で、これからも盛り上がって行く、そういう世紀であって欲しいものです。頑張れニッサン!「いつからニッサンのファンになったの?」


2003/11/18 (火曜日) 

テレビは、東京を標的にしたテロの予告を、それはかまびすしくヒステリックに叫んでいる。どこかで誰かが発した、恐怖のE-Mailは、ささやかな文章量に違いないのだけど、こうしたメディアのおかげで世界の隅々にまで届くのだから、テロリストはやり易くなったもんだと、ほくそえんでいるに違いない。

そんな名指しをされた東京では、ようよう持ち直していた株価も敏感に反応して、大幅に下落した。それだけでも奴ら(テロリスト)としては十分な成果を挙げたのに違いない。こうして小動物のように敏感に反応する小心者の投資家と、大胆に事を運ぶテロリストとの存在の対比が、今の世界の対極のようで興味深い。しかしどちらもひょっとしたら、目に見えない同じような敵と闘っている人たちではないのかと思う。真の意味での勝利の約束されない闘いなのではないのか。だいたいアメリカはそうした真の勝利を感じたことがあるのだろうか。

そんな憂鬱なニュースの今日の空は、呆れるほどに澄み切っていて、まことにさわやかでシニカルですらある。同じ空のはるか彼方で、今も憎しみと殺戮が繰り返されているとは考えにくいほど天気が良い。

天気が良いといえば、今年1年の僕は、実に天気に恵まれていた。昨年とは比べ物にならないほどだ。去年といえば梼原は前夜祭を中止するほどの雨、ガストン・ライエミーティングと翌週のクラシックは雪!だったのだ、と思うと何か吉兆!な2003の年の瀬なのでした。

なんて書いているところに電話、「TDN2004のスポンサーがひとつ決まりました。」って。なんてこったい。

今日の主題はこれからです。なんとも前置きが長くなりました。来年といえば2004年。苦節20年のアニバーサリーイヤーを飾る一発目のイベントのフレームワークが出来上がりましたけん、ちょっぴりリークします。シリーズ第1戦、つまり開幕戦は、3月27.28の2日間!!タイトルはガチンコ対決「RALLY CROSS」なんじゃそれはという向きにはBIGTANK誌12月号のSSERの誌面が詳しいので、お楽しみに。考えに考えた新機軸。開催地は、四国ですが吉野川の中流域。2台ずつがタイムアタックしていくトーナメントスタイルに、ワイルドカードのシステム、全ての参加者は同じ回数の走行をして、トーナメントとは別に走行時間の総計による総合順位も争われ、シリーズのポイントはこちらで争われます。もちろんチームクラスもあります。トーナメントは、賞金!!!が掛ります、そんなに多くはないけど。ロードセクションもあります。テーマは「ガチンコ対決、全員がギャラリーで全員が参加者」実況中継もあります。熱気球で子供たちにも上空から観戦!!なんてのをやろう、でもそのエリアは風が強くて厳しいそうな。

でもって、まったく新しいエクスペリエンス!を20周年企画第1号で出発しマース。


2003/11/10 (月曜日) 

ガストン・ライエ・クラシックも無事に終了。森田昌和の夏・秋2連覇で今年の全戦を終えることとなりました。しかしシリーズチャンピオンには池田秀仁が返り咲き、今年は痛恨のゼッケン6で走った1年でしたが、来年は再びゼッケン1を着けることに。それにつけてもシリーズ戦の表彰式を同時開催した今回の閉会式ではシャンペンファイトが2回も!!やっぱりシャンペンファイトも経験数で勝る池田,森田の両氏が他を圧倒。「先に渡すな!」の声も。素晴らしい天候ばかりに恵まれた2003の全てのイベントに、ご協力ありがとうございました。
僕は、これからTDN2004のルート制作の長い長いロードが始まります。ガストン・ライエは病院の予約を変更しようと試みるのですが、ドクターから「NO」と言われてシブシブ帰って行きました。
病気を克服して2005のパリ・ダカールには一緒に出よう!ばかり言っています。彼は「インプレッサで出れないのか?」としきり。おまけに春までにはドクターの許可をもらってTDN2004に参加する!と言い残して「だからコースの下見の奄美には行かない!」そうで、前田君にアドベンチャーを用意しといてくれ!などと言っていました。たぶん来ますね。


2003/11/04 (火曜日) 

ガストン・ライエ・ミーティングにご参加のみなさま、大変お疲れさま!!
1日目の総合優勝!?でBMWのウエア上下をゲットした方も、シリンダーヘッドを割ってアチャーなあなたも、充分に楽しめたのではないでしょうか、ってほど2日目もいいお天気!だったのです。でいつも陽気で元気なガストン・ライエさん。今回も元気は元気なのですが、流石にお疲れモード。というのも昨年のミーティング以来、入退院を繰り返していて、4度も手術をしたそうです。病名は「皮膚ガン」、でも本人はいたって元気。1983年7月にはMXのスタートで転倒にまきこまれ、後続車のリアホイールで左手を手首から切断!!なんとか継ぎ合わせて!?医者のSTOPを聞かずに、出かけたPARIS-DAKARで初優勝!左手は手首付近に継ぎ足された跡が!「あれ、知らなかった?」とケロッと。「ガンからカムバックして2005年には、マルボロに頼んでチームマルボロ・ガストン・SSERってチーム作ってパリダカに行こう!」だって、まさに超人。ケガばっかりしてて、そのケガからのカムバックのあとは必ず勝つ!のだから、少しおっちょこちょい(失礼)じゃなかったらもっと偉大なスーパースターになったか?いやいやガストンの魅力はいまのままで充分充分、でとっても偉大な僕らの世界チャンピオンです。それにしても彼のサイボーグのような身体は凄まじいばかりです。ただただ、ため息。一日も早く全快して一緒にダカールを目指すマルボロカラーのマシン(キャー、カッコイイー)に憧れちゃいますねぇ。僕も身体、直そーっと。